至らない子ほど かわいい  〜お隣のお嬢さん篇



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合コンに頻繁に参加していた駆け出しOLのお嬢さん。
でもでも、女子大生時代ほどには今ひとつモテてないのが悔しくて、
とはいえ お化粧やら装いやらにお金を掛けるにも限度がある。
焦れば焦るほど余裕なく見えるのだろう ますますと上手くいかないし、
自然体でいる他の女性らが余裕に見えて落ち着かぬ。
そんなときに、たまたま街で見かけた絶世の美女に憧れた。
どこぞかの営業担当でもあるものか、平日の昼間ひなかでも街を闊歩していて、
長身の身に添わせた裾長の外套を マントのようにひるがえして歩む姿は凛々しくもあり。
周囲からの目を意識しているようではないが、それでもその風貌は群を抜いての美々しくて。
背も高ければ四肢もすんなりと均整がとれており、それでいて胸元は豊か。
目鼻立ちも精緻で、しかも意味深な表情もようよう心得ているものか、
ちょっと伏し目がちになるよな所作を一つとっても芳しいまでに麗しく。
背条も伸びての威風堂々、自信に裏打ちされた態度はあくまでも知的で品があり。
朗らかなのに 時折ふと遠くを見やったりする横顔が
寂しげに愁いを刷いての淑とした雰囲気を醸し。
そんな風に時折ちょっぴり謎めいた印象を仄かに匂わせるのが何とも魅力的。
石造りの橋の欄干に手を掛けて佇み、どこか虚空を見やる姿なぞ、
打って変わっての儚くも頼りなげな寂寥感をたたえており。
都会の大人のいい女とは如く有るものなのかと、見かけるたびに感嘆するばかりだったのだが、
ある日 そんな自分に何だか妙な力が宿っていることに気が付いた。
前々からウソ泣きや激昂する振りが上手で、言い逃れもうまいという自覚はあったれど、
強く思い込めばこうありたいと思う人に成り代われる奇跡が起きた。
最初は驚いたし、戻れなかったらと慌てふためいたが、
何度も試すうち多少は制御できるようになったし、
ようよう知った人でなくとも化けられるようにもなってゆき、
もしかしてあの美女にもなれるんじゃあと試したところ、まずは姿だけを写し取れた。
でも、それだと愛想のないただの暗い女に過ぎなくて、
器だけじゃあ意味がなく、内面も付いてこないといけないらしいと気が付いて。
そこで何とか頑張って傍近くまで寄ってみて観察をし、
それから成り代わってみたら八割がた本人級のいい女になれたので
舞い上がってあちこちで遊び歩いたし、
思惑通りにモテまくったのへ気を良くして随分と羽目を外しもした。
だって、この顔も姿も、何なら声も自分じゃあない、
よって 何か問題が起きてもこっそり元の姿へ戻れば知らぬ存ぜぬが通るのだ。
さすがに名前も知らぬ相手なので、立場まで乗っ取るような成り代わりは出来なかったし、
それだと犯罪になりそうだという なけなしの分別はあったので、
適当な偽名と使い捨て型の携帯端末でアプリを使いこなし、
その場しのぎでいいのならと危なげなく身の上を偽ったまま振る舞っていた。
そうそう、深入りしなきゃあ良いの。
人の多いところでなら大丈夫よ、みんな見ているというのに乱暴なんて出来ようものか。
ドラマや小説じゃああるまいし、いきなり取り囲まれたり攫われたりなんてするものですか。
本当にこの身に危険が迫ったならば、大声出して泣けばいい騒げばいい。
そしたら注目も集まってしまい、ナンパな輩など気まずくなって逃げてくものだ。
そんな風に高をくくってもいたものだから……。

 さして日も経たぬうち、
 それはそれは恐ろしい目に遭ってしまった。

何処かの集まりで恥をかかせたか、それとも上玉だと目を付けられていたものか、
そこいらに居そうな若者を装っていつつも、実はちょっと場慣れした物騒な相手だったらしく。
複数がかりでの力づくで掛かられて 心底怖い思いをし、
すんでで逃げられた方だというのも 落ち着くまで理解できぬほど恐ろしかった。
身に不相応なことをして罰が当たったと怯えるあまり、何日も部屋から出られなかった。
数日かかって何とか落ち着き、地味な姿で会社へ通う日々へと戻ったが、
その帰り道でとある人から声を掛けられ、またもや背条が凍りかかったのが昨夜の話。
女性のようだと油断し、胡乱ではないオープンバーまでおいでおいでされて
何処かの合コンで一緒した人かしらと、警戒半分ながらもうまく丸め込まれて付いてってしまったら、
ぼそりと囁かれたのが 意味深な一言で。

 『何があったかは判ってる。
  悪いようにはしないし何なら仇討ちをしてあげる。』

 『……っ!』

新手か搦め手のゆすりかタカリかと怯えておれば、
遮光眼鏡に帽子という変装を解いたのは 自分が成り代わってたあの美女で、

 『貴女こそ、私の姿を借りて何をやらかそうとしていたのかしら。』
 『……っ。』

ある程度は距離を取っていたのに、あっさりと何もかもバレていたようで。
ああ、此処までの美人には隙なんてないのかと、そういう意味でも恐れ入ったOL嬢だったらしい。



     ◇◇


 「…太宰さんてば、何が起きてるのかにずっと早くから気が付いてたんですね。」

とりあえず、説教は後日するからいいわねと釘を刺しての黒獣の姫を帰らせて。
それと入れ違いに、どうやって呼んでいたものなやら
マフィアの始末屋関係らしき黒服の皆様にも、
中原幹部の案件と言い含めて速やかにあれこれへの対処をさせており。
それらへのテキパキとした采配を見るにつけ、さすがに敦にも察しが付くというもので。
敦ちゃんが庇うように抱えていたOLのお姉さんもそちらに引き取ってもらったが、
コトの起こりのタネではあれど あくまでも“被害者側の一般人”なので、
今宵の“お手伝い”をもってして 身勝手な夜遊びの一件はチャラにしてやろうということまでもが言い含め済みなのか。
連行された面々とは明らかに扱いが違う丁重さなのへ胸を撫でおろした次第。
そして、そんな白虎の嬢から指摘された女傑もまた、悪びれもせずににんまり笑う。

 「当たり前だろう?
  私のかわいい一番弟子のことだよ、把握出来ていなくてどうするんだい。」

通り魔に遭った顔ぶれは、刃物で切られたと訴えていたが、
結構深い傷を負った人もいて、返り血を浴びないでこの切り傷というのは相当に矛盾がある。
連続して次々襲い掛かったなら尚のこと、
同じ凶器で切れ味そのままにスパスパ切り続けられるものじゃあないし、
まだ鑑定待ちらしいが他の被害者の遺留血が塗すくられていた例はないらしいとも聞く。
マントの裏に何本もメスを仕込んでいるような通り魔なんて、どこのホラーマンガだという想定になるし、
異能がらみな犯行なんだろうなと そっちへは早々と察しもついてた探偵社だったが、

 『だとして、そんな猟奇的殺人犯、
  ポートマフィアが野放しにしているってのも妙な話だよね。』

いつぞやの “共食い事件”の折も太宰が指摘したが、
この手の異能者が世間を騒がして一番メンツをつぶされるのは他でもないポートマフィアだ。
世の犯罪全てを請け負ってるというわけじゃあないが、
夜のヨコハマの支配者然としている身だというに、
どこの誰とも判らぬ存在の跳梁を許すなんて同業者たちから安んじられるネタになりかねない。
先の一件では 狙われたのが異能者ばかりだったのに引き換え、
今はまだ素人への暴力だから 素人同士の犯罪かも知れぬが、
それにしたって自分たちがあずかり知らぬ
連続 傷害事案 (しかもなかなかの凄腕の)なんてのは落ち着けないに違いなく。
初日すぎてまだ耳目にまで届いてはいないのか、
そこいらも含めてちょっと気になったことがあったのでと
太宰が情報を浚ったのは…何故だか夜の街で最近噂の遊び好きな美女の話。
前々から聞こえて来てはいたがあんまり関心は寄せないでいたもので、
だが、どうやらそれが根っこかも知れぬと気を入れて探ったところ、

 “ビンゴだったもんねぇ。笑っちゃうわよ、ホント。”

何があったのかもあっさり推測が出来たので、とっとと幕引きをと構えた次第。
こうまでのお膳立てを隙なく早急に構えられるところが、相変わらず恐ろしいお姉様であり。

 「でも、ほんとにいいんですか?」
 「野放しの放置ってこと? いいのいいの。」

何を指して言っているのかをお互いに曖昧にしており、
だが、恐らくはお互いにようよう判っちゃあいる。
人を刺したことが半ば表沙汰になった案件だというに、真犯人が判ってもなお突き出さなくてもいいものか、
曖昧模糊扱いにして お咎めなしにしていいのかという点だ。
野放しどころか、今回の本星にあたろう半グレ連中はマフィアに攫われてったのであるが、
そちらはニュースでも取り上げられちゃあいないほど無かったこと扱いで。

 “そこへは、あのその、
  ボクも 微妙ながらそれでいいかもとか思っているのが自分でも複雑なんだけれど。”

都市伝説が一つ二つ増えたっていいじゃない。犯罪抑止にもなるかもよ?
だってさ、くどいようだけど
確かにウチは異能犯罪への辻褄合わせに奔走する異能特務課とセットになってる節があって、
異能がらみの犯罪は決して取りこぼしちゃいかんみたいな傾向にあるようだけどもさ。

 「人間のすることだもの、たまには迷宮入りになる事態もあっていいんじゃない?」
 「…人間失格の異能だから、ですか?」
 「おや、言うねえ。」

相手側だって性悪な手合いほど金積んで示談になんてもみ消してきた連中なんだよ?
示談ってのはさ、基本的には慰謝料の高低じゃあなくて
反省するから、心を入れ替えるからってのが告訴しませんてことへの条件のはずが
性懲りもなく似たようなことを繰り返してたみたいだし。

 「何なら裏サイトに暴露ネタ投稿してやったっていいくらいの外道な連中なんだから、
  同情するだけ無駄ってものだよ。」

異能関係のエキスパートじゃああってもね、
逃げ得させないって意味の頑張り以外は私 推奨したくないなぁなんて、
くつくつと笑うお顔はいつもの探偵社の太宰さんだったが、

 “中也が義理堅くも 借りだななんて電子書簡送って来てたしなぁ。”

警察沙汰になってた方が良かったかもねと、ちょっぴりおっかない貌で笑った美人様。
冗談抜きに、これが全く関わりない事案だったら、真の被害者にあたろう女性らへも薄情ながら、
そんなの市警に任せとけと看過したろうレベルの事件だったが、
選りにも選って自分の愛し子を巻き込んでる事態だっただけに放置も出来ず。
そう、この二人が黙ってていいのかなぁと腹の底を探り合ったのは其処のところだ。
明らかに誰がやらかした通り魔事件かが判明したも同然だというに、
そこへ触れようとしない 武装探偵社員の二人であったりし。
そしてそして 実のところ、
敦ちゃんもこたびは太宰さんが叱って幕となるんだろうなと思っちゃあいる。
だって、誰が一番悪いのかを推し量ると
どうしたってあの輩どもの自業自得としか思えぬところが多々あって。
とはいえ、だからって文字通りの一刀両断はいかがなものかとも思うわけで。
そんな複雑な胸の内な虎の子ちゃんなの見透かすように、

 「もうもう、まったくあの子ったら相変わらずなんだから。」

これだからマフィアの世界しか知らない人間はと肩を落とすほど はぁあとため息。
手間を取らせて もうと、ほとほとうんざりしているかと思いきや、
溜息をこぼしたそのまま、やや俯いてたお顔から隠し切れない笑みが滲み出しているようだったので。

 “そうと言いつつも可愛いんですよね、
  これだって、自分を思っての失態だから嬉しいんですよね。”

ああもう、これはお姉さまの胸三寸へお任せするしかないなぁなんて、
困ったように笑うしかなかった白虎ちゃんだったようでございます。






to be continued.(20.02.28.〜)


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 *ちょっと駆け足な後始末篇。
  もうちょっと突っ込んだ解説と後日談は次の章にて。